東京都市大学、聖心女子大学、早稲田大学(8月の大学歴史紹介)
8月の大学の歴史沿革
ナレッジステーションの8月の大学歴史紹介(大学ホームページ訪問)は、聖心女子大学、東京都市大学、早稲田大学です。8月の一ヵ月間、日本の大学トップページからご案内いたします。
聖心女子大学
聖心女子大学は、聖心会(Societas Sacratissimi Cordis Jesu)という教育修道会を設立母体としています。聖心会は1800年にマグダレナ・ソフィア・バラという一人の若い修道女を中心として、フランスのパリに誕生しました。女子教育に対する創立者の前衛的なヴィジョンはその後の時代の変化と社会のニーズに伴い、再確認され、2016年現在では全世界の約30カ国の147校の聖心に伝えられ、各姉妹校は互いに緊密な交流をはかっています。日本では1908(明治41)年に最初の聖心の学校が開校、私立聖心女子学院が認可され、次いで1916(大正5)年に前身となる私立聖心女子学院高等専門学校が開校しました。第2次世界大戦を挟んで、聖心女子大学は、1948(昭和23)年4月、新学制の実施に伴い、日本における最初の新制女子大学の一つとして発足しました。
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東京都市大学
1929(昭和4)年、「工学教育の理想」を掲げる学生たちが中心となって創られた大学が「武蔵工業大学」です。以来、88年以上にわたり「学生たちの情熱と気概」にふさわしい優れた工学教育と研究を推進しながら、社会に貢献する多数のエンジニアを育成。2009(平成21)年4月、東横学園女子短期大学との統合を機に現校名へ改称。現在、東京世田谷および横浜の3キャンパスに、最先端工学技術をはじめ、人工知能(AI)、幼児教育、都市環境、医用工学、建築などが学べる学部と大学院を擁する大学へと進化しています。
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早稲田大学
早稲田大学の前身は、1882(明治15)年10月21日に創設された「東京専門学校」です。創立者・大隈重信の別邸が東京府南豊島郡早稲田村にあり、また校舎が同郡戸塚村にあったことから「早稲田学校」「戸塚学校」とも呼ばれていましたが、最終的には「東京専門学校」と名付けられました。
1892(明治25)年頃には、専門学校の別名として「早稲田学校」と呼ばれるようになりました。専門学校から大学への昇格を機に、1902(明治35)年9月2日付で「早稲田大学」と改称しました。
1949(昭和24)年、新制大学となり、11学部(第一政治経済学部、第一法学部、第一文学部、教育学部、第一商学部、第一理工学部、第二政治経済学部、第二法学部、第二文学部、第二商学部、第二理工学部)を設置。1987(昭和62)年に人間科学部、2003年スポーツ科学部、2004(平成16)年、国際教養学部を設置しました。2007(平成19)年に創立125周年を迎えた早稲田大学は、創立150周年(2032年)に向けた中長期計画「Waseda Vision 150」を掲げています。
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